ニック・ドレイクの編集盤① [ニック・ドレイク]
ニック・ドレイクのコンピレーションは数種類リリースされているが、それぞれに特徴がある。まずは内容がよく似ている『Time of No Reply』(1987年)と、『Made to Love Magic』(2004年)との比較から。『Time of No Reply』はハンニバルからリリースされた4枚組ボックス『Fruit Tree』にコンパイルされていたレア・トラック集が単体でリリースされたアイテムで、『Made to Love Magic』はそのアップデート盤である。とは言うものの『Time of No Reply』でしか聴けないヴァージョンもあるので、なかなか悩ましいところだ。
両アイテムの収録曲は以下の通り。
【Time of No Reply】
01. Time Of No Reply
02. I Was Made To Love Magic
03. Joey
04. Clothes Of Sand
05. Man In A Shed
06. Mayfair
07. Fly
08. The Thoughts Of Mary Jane
09. Been Smoking Too Long
10. Strange Meeting II
11. Rider On The Wheel
12. Black Eyed Dog
13. Hanging On A Star
14. Voice From A Mountain
01・02・03・04の4曲が『ファイヴ・リーヴス・レフト』のアウトテイク (1968 年 11 月~ 12 月)。05・06の2曲はそれより前の1968年10月にレコーディングされた曲。07・09・10の3曲は1967年~69年に録音されたホーム・デモ。08は『ファイヴ・リーヴス・レフト』の収録曲だが、リチャード・トンプソンをギターにフィーチャーした別テイク(1968年12月)。11~14の4曲は生前最後にレコーディングされた4曲(1974年2月)。
【Made to Love Magic】
01. Rider On The Wheel
02. Magic
03. River Man
04. Joey
05. Thoughts Of Mary Jane
06. Mayfair
07. Hanging On A Star
08. Three Hours
09. Clothes Of Sand
10. Voices
11. Time Of No Reply
12. Black Eyed Dog
13. Tow The Line
収録されている曲名だけを見れば『Time of No Reply』とよく似ているが、同一のヴァージョンなのは01・04・05・09・10・12の6曲でいずれもリマスタリングされている(「The Thoughts of Mary Jane」は「The」がなくなり、「Voice From A Mountain」は「Voices」というタイトルに変更されている)。その他は既発テイクとは別ヴァージョンで収録されている。
『Made to Love Magic』のリリースにあたって大きな貢献をしているのは、アレンジャーのロバート・カービー(2009年没)。ニックのバイオ本にもたびたび登場する彼は、ニックがケンブリッジ大学に在学していた頃からの友人であり、『ファイヴ・リーヴス・レフト』と『ブライター・レイター』でオーケストラのアレンジを手がけた。ニック・ドレイク以外にもサンディ・デニーやヴァシュティ・バニヤン、シェラ・マクドナルド、ポール・ウェラー、エルヴィス・コステロなど英国フォーク系を中心に数多くの作品に関わっている。03・06は、ニックがケンブリッジ大学在籍中に録音したテイクで、ロバート・カービーが保管していたテープから起こされたテイク。02は「I Was Made To Love Magic」と曲自体は同じものの、タイトルはシンプルに「Magic」となり、オーケストラ部分が異なる。『Time of No Reply』に収録されていた「I Was Made To Love Magic」のオーケストラ・アレンジはリチャード・ヒューソンによるものだったが、ニック本人が満足しなかったことからボツになり、リチャードに代わってロバート・カービーがオーケストラ・アレンジを担当することになった。ロバート・カービーは02と11のスコアを完成させたものの、収録曲数の関係もあってレコーディングには至らなかった。当時の譜面をもとに、2003年に作成されたテイクが02と11である。したがって、リチャード・ヒューソン版「I Was Made To Love Magic」(こちらを一応オリジナルとしてよかろう)と、ストリングスが加わらない「Time Of No Reply」は、『Time of No Reply』でしか聴くことができないのである。
Nick Drake - I Was Made to Love Magic
Magic (Orchestrated Version 2)
ピンク・ムーン / ニック・ドレイク [ニック・ドレイク]
PINK MOON / NICK DRAKE
01. Place To Be
02. Road
03. Which Will
04. Horn
05. Things Behind The Sun
06. Know
07. Parasite
08. Free Ride
09. Harvest Breed
10. From The Morning
前作『ブライター・レイター』から2年、72年にリリースされた『ピンク・ムーン』はニック・ドレイク3枚目にして最後のアルバム。彼はこのアルバム制作の当時、鬱病だったということだが、優しさと寂しさが同居したようなヴォーカルとシンプルなギターが印象的で、彼が目の前で歌っているようだ。アルバム全体に陰鬱な雰囲気を感じる人も多いようだが、仄かな光に向かって静かに歩いていく「希望」めいたものを私は感じる。
トータルでは30分にも満たないアルバムだが、収録されているのは11曲。すべての曲がシンプルな美しさを湛えた佳曲だが、なかでもピアノが少しだけ加わったタイトルナンバー、わずか2分ながらギターのピッキングが枯淡の音色で心に響く3曲目「Road」、ギターとヴォーカルのシンプルな組み合わせの妙が最もよく現れている「Things Behind The Sun」、不思議にハートウォーミングなラストの「From The Morning」の4曲は特に味わい深い。1999年に「Pink Moon」は「Milky Way」と題されたフォルクスワーゲンのCMに使われたが、彼の再評価のきっかけの一つともなった。
このアルバムは、ロンドンのチェルシーにある有名なスタジオ、「サウンド・テクニック」で1971年10月にわずか2日間でレコーディングされたという。ニックのバイオ本『ニック・ドレイク~悲しみのバイオグラフィ』(邦訳はストレンジ・デイズより)には、同時期にサウンド・テクニックでレコーディング中だったリンダ・トンプソンの興味深い証言が掲載されている。またBBCラジオ2で2005年に放送された「Lost Boy: In Search Of Nick Drake」では、番組の38分54秒付近から、レコーディングに立ち会ったジョン・ボイド自身による『ピンク・ムーン』レコーディング時の証言を聴くことができる。ナビゲーターは、ニックのファンである俳優のブラッド・ピット。
【番組ホームページ】https://www.bbc.co.uk/radio2/r2music/documentaries/nickdrake/index.shtml
【番組アーカイヴ】https://archive.org/details/BbcRadio2-LostBoyInSearchOfNickDrake
ニック・ドレイクのオフィシャル・サイト Bryter Music http://www.brytermusic.com/
BRYTER LAYTER / NICK DREAK [ニック・ドレイク]
ブライター・レイター / ニック・ドレイク
01. イントロダクション
02. ヘイジー・ジェーン2
03. アット・ザ・チャイム・オブ・ザ・シティ・クロック
04. ワン・オブ・ジーズ・シングス・ファースト
05. ヘイジー・ジェーン1
06. ブライター・レイター
07. フライ
08. プア・ボーイ
09. ノーザン・スカイ
10. サンデイ
ニック・ドレイク、というと「内省的」「陰翳」というイメージだが、この2枚目(70年)はバックの演奏が華やかで、明るいイメージを打ち出した作品に仕上がっている。ニックの少しくぐもったような歌い方はそのままだが、全体的に明るさが感じられる。一方でストリングスやリズム・セクションのアレンはもほどよく抑制が効いており、曲の良さがよく生かされている。プロデュースは前作同様ジョー・ボイド、リズム隊もデイヴ・ペグ(ベース)とデイヴ・マタックス(ドラム)のフェアポート組が固めており、「ヘイジー・ジェーン2」にはリチャード・トンプソンもクレジットされている。そして「フライ」と「ノーザン・スカイ」には、元ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのジョン・ケイルが参加。なお「プア・ボーイ」にバック・ヴォーカルでクレジットされているパット・アーノルドは、P.P.アーノルドとして知られる女性ソウル・シンガーで、イミディエイト・レコードのアンドリュー・オールダムが彼女のバック・バンドとしてつくったのが、後にELPへと発展するザ・ナイスである。
「アット・ザ・チャイム・オブ・ザ・シティ・クロック」や「プア・ボーイ」など、曲によってはジャズ的な雰囲気も感じられ、続く「ワン・オブ・ジーズ・シングス・ファースト」は、レッド・ツェッペリンの「ザッツ・ザ・ウェイ」や「カリフォルニア」を彷彿とさせる。なかでも、ジョン・ケイルによる明るくリリカルなピアノをバックにした「ノーザン・スカイ」は、聴く人を陽光の中に誘うかのような名曲。裏ジャケの後ろ姿からは、希望に向かって歩いていくような雰囲気も感じられる。いい作品だと思う。
FIVE LEAVES LEFT / NICK DRAKE [ニック・ドレイク]
『ファイヴ・リ-ヴズ・レフト』
01. タイム・ハズ・トールド・ミー
02. リヴァー・マン
03. スリー・アワーズ
04. ウェイ・トゥ・ブルー
05. デイ・イズ・ダーン
06. チェロ・ソング
07. ソウツ・オブ・メリー・ジェーン
08. マン・イン・ア・シェッド
09. フルーツ・トゥリー
10. サタデイ・サン
僕がニック・ドレイクのことを知ったのは割と最近の話しで、フェアポート絡みの話題からだった。「フェアポートのプロデューサーだったジョー・ボイドが惚れ込んだ天才的なSSWで、残念ながら夭折してしまったアーティスト」がいるらしい、という話。それがニック・ドレイクのことだったが、ドリーム・アカデミーのヒット曲「ライフ・イン・ア・ノーザン・タウン」が彼を偲んでつくられた曲だと話とつながったのも、これまたずいぶんと後のことで、たぶんドリーム・アカデミーが解散した後のことだったと思う。試しに中古盤で買ったニック・ドレイクの1stアルバムを聴いて、僕は一発で彼のファンになった。
26歳で亡くなったニック・ドレイク(1948-74)が生前残したオリジナル・アルバムは3枚。『ファイヴ・リーヴズ・レフト』は彼が20歳~21歳のころにレコーディングされた1stアルバムで、69年にリリースされた。1曲目にフェアポートのリチャード・トンプソンがエレクトリック・ギターでクレジットされている。また、ペンタングルのダニー・トンプソン(ベース)も4曲でクレジットされている。プロデューサーのジョー・ボイド自身も当時はまだ20代(1942年生まれ)ではあるが、20歳の若者のデビュー・アルバムとしては、今思うと破格の扱いと言っていい。
基本ギターの弾き語りで、独白めいたヴォーカルや流麗なストリングスは内省的でストイックな印象を受ける。「スリー・アワーズ」で冷徹なギターを弾きながらつぶやくように歌う彼の声からは、孤独感や諦観、喪失感などが伝わってくるようだ。一方でオープニングのリチャード・トンプソンのアメリカンなギターや、ギターとチェロ、コンガの組み合わせがなかなかユニークな「チェロ・ソング」、軽快なピアノが印象的な「マン・イン・ア・シェッド」など、希望に向かって思索を重ねているような雰囲気も感じられる。シンプルだけど、物足らなくもないという絶妙なバランスも魅力的。